第58回 ネットで起きた革命がいよいよリアルな世界へやってくるのに、50歳は…

カテゴリ : コンピュータ・ネット / 日時: 2006年08月09日

 

▲私と同じ年の生まれの田中康夫ちゃん(50)が選挙に負けた。彼の過激な改革路線が基本的には性急さを求めない長野県民に受け入れられなかったことは明白だ。と同時に、脱ダム、脱記者クラブといった(長野に限らず中央も含めた)財界・マスコミに対した戦いに敗北したということだろう。リベラルな人にとって当たり前と思うようなことが、そうでない人には受け入れがたい、という結果だと思う。彼が6年前に勝ったときは、長野はあまりに腐敗しきっていた(ゆえに勝てた)。それをかなりまともにはしたが、より理想的にしようとしたことには、県民が拒否反応を示したということだろう。

▲対戦相手が70歳近い年齢だったことも大きい。ライバルは年寄りには親近感が、保守的な中高年には頼りがいがあるように見え、もっと若い人にとっては50歳の康夫ちゃんも70歳のライバルもジジイには変わりない。つまり康夫ちゃんが年寄りからは頼りなく見え、浮動票の多い若者からはジジイにしか見えないという微妙な歳だったことが敗因の一つだと思う。初当選した6年前は44歳だから、いかにも若かったが、6年の間に、彼もジジイの仲間入りしたということだろう。

▲私もまもなく50歳だが、最近私と同じくらいの年の人たちが次々と敗れていく。康夫ちゃんもそうだし、極端に言えば麻原だってそうだ。反対に同じ世代でも新保守を掲げる、あまり切れ者に見えない人は権力の中枢に上がっていく。新総理になるだろう安部氏あたりがその代表だ。破れていくのではないかもしれないが、ビル・ゲイツも引退してしまう。彼は分かりやすくいえばgoogleには勝てないと悟ったということだろう。パソコンを普及させることで革命をもたらした彼は、googleを筆頭とする次の情報革命の世界ではジジイになってしまったことを自覚したわけだ。

▲梅田望夫著の「ウェブ進化論」や佐々木俊尚著の「グーグル」を読んでみたが、これらの本にあるとおり、もはや次なる革命は起きている。OSでユーザーを囲い込むというゲイツのビジネススタイルは、新たな世界ではもはや通用しない。それはこれまで今までにない新しいビジネスやアートを作り上げてきた50歳前後にとっては、ついに来た敗北であり、ジジイになったことを悟らざるを得ない。しかもその革命の先にある世界が、リベラル?ジジイにとって理想の世界であるかははなはだ疑問なのだから。

▲先進的なテクノロジーを駆使することで、多くの人がつながり、その結果、素晴らしい世界がやってくる、ということに異論はない。もうそれは10年も前、インターネット創世記に考えたこと。それが実現するのであれば大歓迎だ。しかしそれを支えているのが、人に対する楽天主義(性善説)だったり、広告収入であったり、アメリカという国であったりするあたりにどうしても一抹の不安を禁じ得ない。それは古くからあるアメリカン・スピリットそのものではないか、とも思うのだ。

▲おそらくそういう危惧を感じること自体、すでに「リベラル」な「ジジイ」の限界なのだろう。思い起こせばこの50年の間、世界はアメリカを中心に回ってきた。日本社会もまたアメリカ社会の20年遅れというのがかつての常識で、最近はそれが5年遅れくらいになっただけだ。アメリカを認めつつも、それに反発もしてきたリベラルな世代にとって、次なる革命に乗れるかどうかは大問題といえる。いや、まずその革命が理解できるか、だが。

▲そんな革命は少し遅れて世の中へ浸透してくる。多くの人がその革命に気づくにはまだ5年はかかるだろう。またその革命がリアルな世界・リアルなビジネスを大変革するのは、さらに5年はかかるはずだ。50歳にとっては最も大変な10年がやってくる。どんどん変わる世界は面白いが、厳しい。しかもおそらく50代はリアルなプレーヤーにはなれないだろう。まあ、この大変革を生きている間に体験できるという点では、世代的にはまだ幸せなのかもしれない。しかしその結果が自分にとっての理想とはほど遠かったとしたら、安らかな終末を迎えることはできるのだろうか。

 
 

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