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第10回 老人専用ITカーの開発を、ぜひ!

カテゴリ : その他クルマの話題 / 日時: 2002年03月09日

▼昨年のことだが、ある老人にクルマをぶつけられた。交差点を右折すると片側1車線の道路にセダン(カリーナ)が駐車しており、通れない。そのクルマは当方に気付いたようで、道を空けるように少し前に出て止まった。そこで追い抜いたのだが、その瞬間、リアに衝撃が。何とこちらが追い抜きを完了する前に発進したのだ。クルマを止めて降り、セダンに近づくと中から老人が出てきて、ヘラヘラしながら「どうも、どうも」という。こちらが怒るとやっと謝った。

▼で、その老人曰く「もうそろそろクルマを降りなくては、とは思っていたんですが。判断が悪くなってますかね。」そのとおり、判断力の落ちた老人は、クルマに乗るべきではない。免許を返上すべきだろう。こういう、しょうもない事故を起こされたのではたまらない。その後は、相手の保険屋の対応を含め、事故処理の対応の悪さに閉口した。本人も認めているとおり、全面的に悪いのだったら、少しは被害者である当方に気を使えよ、といいたい。彼はもうこれに懲りてクルマを降りた(運転をやめた)だろうか。

▼しかし地方ではクルマは生活必需品、クルマに乗るなというのは、生活するな、に等しい。もちろん名古屋市内のような都市部ならばクルマ無しでも済むが、ちょっと郊外に出ると、クルマのない生活は考えられない。また老人にとっては、クルマというのは自分の分身的存在だ。現在の老人の多くは1960年代以降にクルマに乗り始め、クルマと共に30余年を過ごしてきている。いい家に住めるようになろう、いいクルマに乗れるようになろうということを人生の価値として生きてきた人が多く、クルマに対する執着は若い人よりずっと強い。最近亡くなった叔父も、いまわの際まで「俺のクルマはどうしている」と言い続けていた。

▼実は自分も老人になったとき、降りる決心ができるとはとても思えない。クルマ無しでの生活はとても考えられないし、老人になるほどクルマの恩恵も高まるだろう。私の場合「人生を豊かにするクルマのある生活」などという古い? 価値観に縛られたまま死ねれば本望だと思っている。とはいえ、衰えていく運転能力を実感したとき、自分はどうするのだろう。今はまだとても想像できないのだが…

▼歩いたりすることが衰えた老人にこそクルマが必要だ。しかし老人の運転は危ない。ではどうしたらいいか。この問題の答ははっきりしている。さらなる自動車テクノロジーの進化(特にIT化)しかないのだ。

▼身障者向けのクルマは最近ほとんどの車種に用意されているが、老人向けのクルマというのはまだどこも発売していない。見てくれのカッコよさではなく、運転のしやすさ、操作系のわかりやすさ、ソナー類などハイテク警報系装備、使いやすいカーナビ、警察・病院・ロードサービスから保険までを含めたクルマからの自動通報システムなど、老人に優しいクルマならヒットする可能性は高いと思う。老人はお金はそこそこあるのだから、金のない若者ばかりをねらわず、シルバー需要に応えたクルマ作りをすれば「売れる」クルマは作れるはずだ。

▼カローラやサニーなんかも今度は若返らせるのでなく、年をとらせるモデルチェンジをしてみるといいだろう。ユーザーの年齢層が上がっていっているのなら、それに合わせたクルマを作るという手は絶対にある。「今度のサニーは60才以上の方のために作りました」というコピーで、ネオクラシックな外観、ベーシックな動力性能、前述のハイテク装備をさりげなく盛り込んでやれば、おもしろいクルマができる。まあ、それをやれるブランドの一つであったコロナはすでになくなっちゃったが…。

▼若者より老人が確実に増えるこれからの社会ゆえ、メーカーには老人向けのクルマにもっと積極的に取り組んでもらいたいものだ。老人の免許を規制するのでなく、老人をフォローするクルマを作ってより安全性を高めた方が、考え方としては前向きだろう。私が老人になるころには、進化したクルマの助けによって、今と変わらぬモータリゼーションが維持されていることを期待せずにいられない。

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