▼りそなとかいうふざけた名前の銀行(ひらがなで会社名や地名をつけるのはやめよう!)に国民一人あたり二万円もの税金が投入されるという。金融危機を回避するというのは確かに重要だ。何でここまで不況なのか、もはや誰にも分からなくなっている昨今、銀行を助けることは致し方ないだろう。ただし、責任の所在ははっきりしてもらいたいものだ。今回は銀行の誰に責任があるのか。
▼銀行員は給料がいいらしい。もちろん銀行の偉いさんたちは間違いなく高給取りだ。そういう人たちの給与明細を明らかにして、給与額を調整してからでないと血税を入れることはやめてもらいたい。まして経営責任のある人なら私財を投入して自己破産させるべき。これも至極まっとうなことだろう。中小企業の経営者なら、行き詰まれば間違いなくそうなるのだから。大企業の方が経営責任追及が緩いなんて納得いかない。
▼給料がいい(らしい)銀行従業員もこれに伴って徹底的に減給し、赤貧にするべき。給料が大幅ダウンしても残る気概のある人だけが勤務を続ければいい。従業員も痛みを負うべきだ。そうすればもっと経営陣に対し、行員も怒るはず。給料が大幅に落ちないから、皆、文句を言わずに仕事にしがみついている。
▼預貯金も全額保護はやめるべき。だってつぶれたんだから、幾分は損しなきゃ不平等というもの。全額なくなるのは社会不安になるが、一律、10%くらいは損してもらうべきでしょう。経営者は自己破産、従業員は大幅減給、預金者は10%預貯金カット、これでやっと税金投入に対して何とか気分が収まるというもの。
▼しかし経営者が責任を取らない、ということは中小企業でも往々にしてあるようだ。経営の失敗による経営危機に対して、従業員のカットや、責任転嫁で逃げ、あげくに法人だけを倒産させて自分は逃げる。銀行など担保のある債権者はそれなりに回収できるが、小口債権者の売掛金は回収できない。そんな計画倒産とも言える責任逃れも横行している。
▼結局、誰も責任を取らない、取ろうとしない。日本の経済が立ちゆかなくなっているのは、サラリーマン的経営者や不良中小企業経営者が増えているからではないだろうか。もちろん、政府要人もそういう類の人たちに見える。昭和の初めのような軍部の力があれば、もうクーデターが起きてもおかしくない状況だと思う。
▼日本は敗戦時にも結局誰も責任らしい責任は取らなかった。その伝統が今も生きていると思う。さらにいったん責任を取って失敗したら、もう二度と復活できないという日本社会も伝統的にある。失敗は潔く責任を取り、もう一度やり直せる社会なら責任を取る人も多いはずだ。
▼しかしそういう考え方はアメリカ的かも。会社を興して失敗しても、個人資産まで手放さずにすみ、やり直せる資本主義がアメリカのやり方という。つまりアメリカ的な資本主義にすればいいということか?。ここでも結局アメリカ的なグローバリズムになるしかないのだろうか? いずれにしても責任者出せ、と叫びたい、(株)デイズ決算時における(社長の)私の心境であった。
















