第86回 ジョン・オノ・レノンの命日に思う、ラブ&ピース

カテゴリ : 社会 / 日時: 2008年12月08日

 

▲また12月8日が巡ってきた。ジョン・レノンの死んだ日だ。もう30年近く前のことだから、大半の人にとってはすでに歴史の一コマにすぎないだろう。しかし、ジジイのロック好きにとっては忘れられない日だ。あの日若かった私は、人生で初めて人が死んだことにショックを受け、涙があふれた。死を初めて意識した日といってもいい。人間、死んだらおしまいだと。

▲ジョンが発した音楽はもちろんだが、そのメッセージが若い自分には大きく響いた。ギブ・ピース・ア・チャンス。それは彼の言葉というより時代の言葉なのかもしれないが、ジョンの平和を求める姿勢こそ、一番大きなメッセージだった。ベトナム戦争の厭戦気分とロックが結びつき、ロック=平和のメッセージという方程式ができた。それはアメリカ対ソ連=資本主義対共産主義というイデオロギーとしての反体制ではなく、戦争をやる大人は嫌いだ、という素朴な感情が支える反体制の動きだったと思う。「30歳以上の人間を信じるな」というメッセージと共に。

▲とにかくロックは平和の音楽だったのだ。戦争をしない、戦争をするよりセックスをしようというメッセージを当時刷り込まれた私は、その点で今もリベラルなスタンスから抜け出ることはできない。社会主義に可能性を見いだすものではないので、いわゆるバカサヨではないつもりだが、ネット社会ではリベラルなだけでバカサヨにされてしまう。ネット上でものを言うことは難しい、という現実が悲しい。

▲田母神発言を支持する人が多いようだ。リベラルな人が見ていると思っていた「朝まで生テレビ」の番組後アンケートでも、半数以上が田母神支持だった。社会全体がいわゆる右曲りになりつつあることは間違いないだろう。私も敗戦国日本が押しつけられた憲法9条の矛盾もわかるし、抑止力としての軍隊は必要だと思う。それはジョンが「想像してみよう」と歌っても所詮覆すことができなかった現実だ。だけど戦争が起きて殺し合う事態を誰も想像しないのだろうか。私は人に殺されるのは嫌だし、自分の子供がそういう場に送られるのも嫌だ(日教組みたいだけど)。できれば軍隊なんかない方がいい。

▲つまり、なんで人類はいつになってもラブ&ピースにはならないのだ、と思うのだ。冷戦は終わったのに、軍縮だとか、恒久平和なんてお題目は、同時に終わってしまったみたい。日本だけが軍隊を持たなければラブ&ピースになれるのならそうしたいけど、そんな簡単なことじゃないことはわかっている。それゆえ仕方なく持った日本の軍隊は、ちゃんと民意がコントロールして、抑止力としての軍隊にしなくてはならない。だけどこの国の民意ほど不安なものはない。小泉劇場にも簡単に踊ったし、今もズルズルと悪政(これはほとんどの人が賛同してくれると思う)を生かし続けている。何よりメディアに捕らわれる国民性だ。

▲仮想敵を作ることで人心を掌握するという手法はあまりに古典的だが、誰が仕掛けているわけでもなくメディア上で自然にそういう展開になっている日本社会に見える。自分たちの国はいい国である方がいいに決まっている。でもジョンは国境などないと思ってごらんと歌った。いつから皆、自分たちの国のことばかり考えるようになったのだろう。日本だけがいい、では世界が成り立たないと思うのだけれど。テレビでヒステリックに叫ぶ文化人(というよりタレントか)を見て、何となく右派がどんどん増えていく。左翼でなくただラブ&ピースなだけの人は、どうしたらいいのだろうか。

 
 

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