▲web2.0という言葉がどうやら広く浸透したみたいで、「どういうこと?」と聞かれることも多くなった。そこで、 ITで先を行く者(苦笑)として迷える子羊を導いてあげると、結構儲かったりするのだが、商才のない私としてはそれができない。ついつい、昔の(コンピュータの)世界と同じかも、なんて答えてがっかりされる。
▲メインフレームの時代はでかいコンピュータと端末が専用線でつながっていて、メインコンピュータのデータを端末が引き出していたわけだが、「あっちの世界」とつながっていると説くweb2.0って、メインコンピュータがないだけで端末(PC)から見れば大差ないのではと思う。もちろんSEが成長させるメインコンピュータと、万人が成長させるweb2.0の世界は大きく異なるものの、端末側は何もしなくていいという点では、昔と同じ「お任せ」の世界。今後このお任せがさらに進めば、人々はコンピュータに対してどんどん興味をなくしていくだろう。
▲そう言う時代にOSって意味がないから、ゲイツくんが早々に引退したのはよくわかる。彼の努力(と運)でやっと個人の物になったコンピュータは、今後、個人から離れて社会インフラになってしまう。性能の良くなったクルマに人々が興味を示さなくなったように、あと数年すると、コンピュータも興味の対象ではなくなってしまうのだろう。パーソナルコンピュータの時代こそがゲイツくんの活躍の場だったわけなので、それがわかっている彼はとっとと引退したわけだ。
▲そんな中で、唯一、昔の世界と違うことは「検索」だろう。検索で、すべてのことがわかってしまうというのが web2.0。というか、もはやこれなしで人は生きていけない、くらい。ただ「あっちの世界を検索する」ことがすごいことのように思われているが、私はむしろ「こっちの世界を検索できる」ことの方がすごいと思う。googleのデスクトップ検索のことだ。これで自分のPCを検索できることが、個人の能力を大幅に拡張してくれる。
▲メールはもちろん、メモ帳、日記やスケジュール帳、住所録や様々な作成ファイル、取り溜めた写真、検索結果の保存ファイル、などなどハードディスクにどんどんぶち込んでおけば、それを簡単に検索して見つけ出せることで、いよいよ個人そのものがハードディスクに保存できるようになった。私は最近、書類もデジタル化して保存することに留意している。マメにデータさえ残していけば、あれはいつのことだったか、とかあの話はどうなっていたっけなどのフラストレーションは一切溜まらない。大昔に書いた原稿などもこれで生き返っている。
▲こうしたデータは「あっちの世界」に置くことももちろん可能だが、やっぱり「ローカル」にあった方がセキュリティ的に安心感がある。こうなるともはやハードディスクは自分の分身だ。自分の頭脳のかなりの部分がその中にある。さらに進めばやがて人間のコピーをハードディスクに作ることも可能になるかも、なんて思うほど。そのかわりこの貴重なデータをとばしてしまわないよう、バックアップに汲々としている自分が悲しい。
▲ただこの検索をgoogleデスクトップ検索でやっていることは大きな矛盾。データは本当に流出していないのか。ホントはgoogleが私のすべてを知っているのではないか、そんな根本的な不安は解消しないまま、この便利さに身も心もゆだねて流されている最近の私だ。







