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   <title>編集長コラム 水野誠志朗&apos;sトーク</title>
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   <updated>2008-04-04T01:25:02Z</updated>
   <subtitle>MOTOR DAYS編集長が綴る不定期コラム。クルマやIT、その他</subtitle>
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   <title>旗竿、鳴り物のない球場は素晴らしい</title>
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   <published>2008-04-02T04:12:39Z</published>
   <updated>2008-04-04T01:25:02Z</updated>
   
   <summary> ▲野球シーズンの開幕である。私の好きな中日ドラゴンズは昨年、ついに念願の日本一...</summary>
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      <name>DAYS</name>
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      ▲野球シーズンの開幕である。私の好きな中日ドラゴンズは昨年、ついに念願の日本一に輝いた。それはそれで悪い話ではないが、あまり勝敗にはこだわらないのが私の野球の見方だ。勝負事なので、どちらかに肩入れしてみないとおもしろくないゆえ、ドラゴンズびいきという程度。それより、選手一人一人のプレーを、また勝負の流れを楽しむ。

▲特にドラゴンズは荒木・井端という守りの職人技がみられるのが楽しい。実は先日も開幕第3戦を見に行ったのだが、途中、広島ランナー一塁の場面で、井端が地上すれすれのライナー性の当たりを「わざと落として」ゲッツーをねらった。さも取り損なったような芝居を打つ井端を審判もしっかりみていて、「わざと」と判定。シングルアウトとなったが、これなど相当集中してみていないと見逃してしまうところ。こういうニュース映像では見られない生のシーンを楽しむのが野球の醍醐味だと思っている。

▲しかしながら球場へやってくる多くの人は、贔屓チームの応援をすること自体を目的としているようだ。特に私設応援団という外野の一角を陣取っている人たちの、鳴り物入りの応援は、個人的にはとても好きになれない。こうした団体と暴力団にどういう接点があるのかよくは知らないが、今年のナゴヤドームでは暴力団排除の一環として、私設応援団が鳴り物、旗振りを自粛している。自粛がいつまで続くのか知らないが、少なくともオープン戦と先日の試合を見る限り、騒がしくなく、それでも観客各々が盛り上がっている球場が心地よい。

▲広島の応援団は変わらず笛太鼓を鳴らし、立ち上がったり座ったりを集団で繰り返していたが、あれをやっている人はなかなか試合をしっかり見ることなどできないと思う。先ほどの井端のプレーなど絶対に見逃しそうだ。まあ思いっきり汗をかくという点では終わった後の爽快感はあるはずだし、昨日のような負け方をしてもストレスはたまらないかもしれない。しかし野球を見に来ているわけではないな。

▲そういう静かな球場で、以前からあればいいのにと思っていたことが、今年は一つだけ実現していた。それは打席にはいる前に、打者の当日の成績が大型液晶に表示されること。観客はスコアブックをつけているわけではないから、打者が前の打席でどうだったか、きちんと覚えているわけではない。しかし３打数０安打の打者の４打席目は期待できるわけだし、あるいは３打数２安打の打者が３安打打つことは結構あるわけで、そういう読みを楽しむことができる。できれば今後、投手のデータも出してくれるとうれしいが。

▲そうやって球場側がエンターテイメント性を高めるよう努力すれば、笛太鼓がなくても十分野球を楽しめるのではないか。先日は久々に内野席を買って入ったから結構な出費だった。その値段分は十分楽しめた内容の試合だったから許せるが、多くの人は球場へ来たことを楽しんでいるだけで、かけた費用分、野球そのものを楽しんでいるようには思えなかったが、どうなのだろう。ショーアップすることがすべていいわけではないが、そろそろ勝敗だけで野球を見せるのはやめた方がいいのではないか。戦力を補強しまくって勝敗にばかりこだわっているから、巨人戦は人が入らないと思うのだ。そんな巨人は最強戦力ながら開幕4連敗（4月1日現在）をしてしまい、これで関東地方の野球人気は今年もますます落ちるはず。

▲最近は試合に使われているボールが選手から観客席によく投げ入れられるようになった。それでも一試合につき五球くらいか。ピッチャーの投げた新品ボールはワンバウンドして汚れたらすぐ交換されるから、あの汚れたボールをもっと観客に投げ入れて欲しいものだ。ボールが一個いくらか知らないが、手に入れた人にとっては一生ものの記念品となる。そしてその日のゲームに関して様々な人々に語れるいい機会になるはず。そんな簡単なことで野球はもっと盛り上がると思うのだが。
      
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   <title>カーナビを携帯電話にしてしまわない限り、クルマに未来はない(かも)</title>
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   <published>2008-01-17T15:29:27Z</published>
   <updated>2008-01-17T15:31:15Z</updated>
   
   <summary> ▲最近、本当にクルマというものの魅力が落ちてきた。以前も書いたが、最近そんなこ...</summary>
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      <name>水野</name>
      
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      ▲最近、本当にクルマというものの魅力が落ちてきた。以前も書いたが、最近そんなことばかり思うので、さらに追い打ち？　をかけるようにもう少し書いてみたい。今回は「昔から移動中にやりたかったこと」に関して。ＩＴＳにも関連するちょっと重要なお話だ。

▲ＩＴＳはクルマ＝移動に、安全と情報をもたらし、環境問題を改善していく仕掛けといえる。安全や環境に関しては、これはクルマが走り続ける以上どうしても必要で、今後もさらに進化していくだろう。それに対して情報はどうか。地図・交通情報は必需品ゆえ、今後もより使いやすく進化していくだろう。しかしその他の情報は？　クルマの中で常に最新ニュースが知りたいか？　メールチェックしたいか？　トヨタのＧ－ＢＯＯＫなど発売当初からメール読み上げ機能を搭載してきたが、現実にはあまり利用されてはいない。

▲それでも、クルマの中でそうしたことができるようになって欲しいと思う。特に停止中にカーナビ画面でグーグル検索ができれば、またその検索結果が地図に反映されれば、ともう10年も前に思ったものだ（まあ、その頃はまだグーグル自体はなかったが）。が、いまだに実現してはいない。最近のIT系の話で、これほど現実にならないことって他にあまりないのでは、と思うほどこの分野の進化は遅い。最近ではそうしたことが携帯電話でほぼできてしまうゆえ、さらに歯がゆさがつのる。

▲現在、クルマの中でやってることといえば、昔と変わらず音楽を聴くこと、ラジオで情報を得ること、あとはテレビを見ること（これは地デジができて劇的に快適になったのだが）くらい。もちろん運転という重要な作業を行っているので、それを邪険にはできないのだが、クルマには運転のための情報以外は、本当に入ってこないまま。移動中は移動する行為そのものに集中するしかなく、それを積極的に楽しむしかない。逆に言えば運転することが苦痛な人には何の楽しみもないということになる。

▲そういうクルマの現状の中、最近、あれほど嫌いだった公共交通機関を使うことが、けっこう嫌ではなくなってきた。なぜなら全部入り携帯を所持しているから。乗換案内サイトのおかげで無駄なく乗り継ぎができ、GPSで知らない街でも道案内してくれるから、電車やバスでもストレスなく移動できるようになった。メールはもちろん、Webで店の検索はできるし、音楽が聴け、ワンセグも見られる。さらに私の場合PDAも別に持っているから、ちょっとした仕事だって移動しながらできる。つまりこれって、10年前クルマの中でやりたいと思っていたことじゃないか。

▲それが止まっているときだけでなく移動しながらでもできることはさらにありがたい。クルマだと移動＝運転しながらとなり、やれることはかなり限られてしまう。しかし電車やバスなら移動しながらなんでもできる。昔は本を読むくらいしかできなかったが、今やノートパソコンを持ち歩かなくてもほとんどのことができるのだ。電車やバスはよく歩かなくてはならない分だけ健康にもいいといえるし、ガソリン代が高騰している昨今では同じ区間なら公共交通機関の方が安く移動できる場合すらある。もちろん渋滞などの影響で約束に遅れることもない。

▲クルマがなくてはならないと思ってきたのは、公共交通機関がない場所へでも自由に安く早く行けたからだ。もちろん今でも全国の大半の地域は公共交通機関など整備されていないに等しいからクルマは必需品だが、都市部や近郊のかなり整備されたところに住んでいると、移動中の情報環境を考えにつけ、私でもクルマには乗らなくなってしまう。まして携帯がないと生きていけないような若い子たちにとっては、クルマの中の情報空間はまるで魅力的ではないはず。そりゃ、クルマなんかに興味はなくなるでしょう。

▲そこのところ、クルマメーカーは早く気づくべきだと思う。走る・止まる・曲がるや豪華な内装などより、「携帯みたいなクルマ」を皆、望んでいるはず。もちろん法律や社会インフラといったクルマ周辺の情報整備は重要だが、まず何よりクルマそのものが情報空間になろうとしないとダメだろう。クルマが必需品の地域に住んでいればなおのこと需要は高いはず。WiLLサイファが売れなかったからってめげててはいけないと思うのだ。

▲携帯電話のキャリアと組んで、カーナビを大きな画面の携帯にしてしまう（機能ははすでに存在しているのだからあとはインターフェイスの問題だけ）くらいの大胆な動きをしない限り、クルマは情報化からどんどん取り残されてしまうだろう。そして、さらに魅力を失っていくはず。携帯一体型のカーナビの開発あるいは携帯の画面をカーナビ画面に映し出せる仕掛けを早く模索すべきだ。その意味ではPNDの今後には期待したい。携帯キャリアにとってもカーナビが携帯になれば、新規契約の頭打ち状況を打破できるはず。トヨタとauあたりならすぐできそうなのだが。
      
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   <title>イヤーカーはＶＷのゴルフヴァリアント</title>
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   <published>2007-12-31T09:46:50Z</published>
   <updated>2008-01-07T03:20:53Z</updated>
   
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      <name>水野</name>
      
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      ▲さて、恒例のイヤーカーに関して書こうと思う。しかしその前に今年の暮れに思うことを二、三。まずはクルマに乗る環境がどんどん厳しさを増していること。ガソリン代が高騰していることはその最たるものだが、昔よりは燃費がよくなっているので、実はこれ、かなり相殺されていると思う。とはいえクルマにとって逆風であることは確か。また当然ながら飲酒運転を良しとするものではないが、飲酒運転の罰則強化も心理的にクルマ離れを推進するものといえるのではないか。いわゆるネズミ取りもまだ頻繁に行われているし、駐車違反の取り締まりも厳しい。これらによってクルマは乗らなくてすむのであればその方がいいというマインドが世間を覆いつつあるように思う。

▲超高性能車が次々に発表されながら、それに載ることのできる道路環境はまったく変わっていないことも残念だ。超高性能車が現に目の前にあるのに、法律を犯す以外にそのクルマを自在に走らせることなど不可能。そんな商品に存在意義があるのか、とすら考えてしまう。せめて時速80km規制の高速道路くらいは制限速度引き上げをしてもと思うのだが、そんな話は全くなく、それどころかトラックの速度制限装置によって、東名高速など制限速度ですら走ることができない。この影響もあってか、追い越し車線をゆっくり走って譲らない「違反車」も増え、混雑に拍車をかけているのが現実だ。

▲クルマの性能が一般人にとってはもはや十二分なものとなってしまった結果、人々のクルマに対する興味がますます萎えてきているのも悲しい現実だろう。市街地から高速まで普通に走る分には今や軽でも何ら不満はないし、新型フィットあたりに乗ると、ステイタスという部分を除くと、もうクルマなどこれ以外に必要ないと思ってしまうだろう。そして、1台の所有期間はさらに伸び、ますますクルマは売れなくなる。

▲この年末、絶賛されているのはそんなフィットとGT-Rだ。フィットは前述のようにクルマへ夢を失わせてしまうほどよくできたクルマだし、GT-Rは夢こそいっぱいあるものの、肝心の走る場所がサーキット以外にない。法律を守ってGT-Rを公道で楽しんでいるという人が今後現れたら、ぜひ会ってみたいものだ。ということでこれらのクルマは、出来はいいが、とてもイヤーカーには選べないのだ。

▲では何がよかったか。一台ではないがゴルフのTSI・DSGファミリー。他にはシトロエンのミニバンC4ピカソ。日本車では三菱のランエボXがよかった。翻ってトヨタからは多くの新車が登場したが残念ながらどれも心に響かなかった。世界的には絶好調だが今年は「大丈夫か今後のトヨタ」という感が強い。日産ではスカイラインクーペやエクストレイル、デュアリスあたりは確かによかった。マツダ・デミオ、MINI、ボルボC30といったコンパクトカーもよかったと思う。ただ、セダン系はどれも今ひとつ。メルセデスの新型Cクラスも、なぜそんなに絶賛されるのか分からない。

▲ゴルフTSI・DSGファミリーはどれも乗ってすぐ面白がれる。詳細はMOTOR　DAYSの各車試乗記をご覧いただきたい。ゴルフはトゥーラン以外にヴァリアントにも乗ったのだが、実はこれが一番よかった。よそで書いた記事をちょっと引用しておく。「試乗車は２リットルゆえ主力の１・４リットルより低回転からトルクが豊か。ドライバーのアクセルワークとリニアに呼応する加速感が実に心地よい。トルコンを介さないDSGがパワーをダイレクトに駆動系へ伝えるのを、誰もが体感できるはず。偏平タイヤの硬さをいなしながら足回りはよく動き、乗り心地もいい。クイックすぎず、それでいてドライバーの意志をリニアに路面へと伝えてくれるハンドリング、小気味よいパドルシフト。これぞまさにスポーツワゴン。快感の走りだ。」というわけだが、このクルマは「ほぼ」法定速度内で気持ちよく走れるのがいい。ただ、あまりかっこよくはないし、ステイタス感もないから、400万円を出して買うのには思い切りがいるかも。

▲ピカソの方は、これこそ他の何者でもないシトロエンそのもの。かつてのDSを思わせる妙な操作系など、すべてにおいて個性の塊であり、乗っていてシトロエンの快感をたっぷりと味わうことができる。ただこのクルマ、7人乗りミニバンで後部座席一つ一つはやはりやや狭い。本国にはある5人乗りであればたぶんベストだろう。5人乗りはモノスペースカーといわれるもので、日本車も一時、盛んに挑戦したが、結局敗れ去った分野。それらは5ナンバーミニバンのスペースを持つ5人乗りセダンであり、個人的には日本でも何とか復活させて欲しい分野だ。

▲まあ、日本に入らないクルマである5人乗りピカソをイヤーカーにするわけにもいかないので、やはり今年はゴルフ、それもヴァリアントをイヤーカーにしたい。ゴルフ自体は、今まであまりいいと思ったことはなかったのだが、様々なスーパーカーが出てきたゆえに、今年は常用域でいいクルマだなあと思うことの重要性を気づかせてくれた。MT嫌いの私にとって、DSGは理想的なミッションだし、ドライバーが意識してうまく走らせれば燃費が稼げるTSIもハイテクながら押しつけがましくなくていい。外車志向は強くないつもりだが、今年はそんな結論になってしまった。来年はがんばれ、日本（の普通の）車。
      
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   <title>モーターショーは地方が熱い</title>
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   <published>2007-12-11T15:57:21Z</published>
   <updated>2007-12-11T15:58:34Z</updated>
   
   <summary> ▲東京から始まったモーターショーが名古屋、大阪、福岡と巡業して幕を閉じた。2年...</summary>
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      <name>水野</name>
      
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      ▲東京から始まったモーターショーが名古屋、大阪、福岡と巡業して幕を閉じた。2年に一度の東京モーターショーがこうして地方巡業していくことは首都圏の人にはあまり知られていないと思うが、地方にとっては東京モーターショーのコンセプトカーが東京へ行かずして見られるだけに、結構うれしいもの。特に今年は名古屋では輸入車の出展が増え、福岡でも久々に開会されたという点で例年にない賑わいを見せた。というのもクルマ興味人口の減少とともに東京は来場者数を減らしたが、他の地方では実は増えているのである。

▲たとえば名古屋は前回が22万6400人だったのに対し、今年は27万3700人。実は当社もこの名古屋のショーにはかなり深く関わっていたので実感としてわかるが、今年は本当に人が多かった。特に名古屋で目立ったのはラテン系とおぼしき外国人の姿だ。思うにトヨタをはじめとする中部のクルマ産業に従事する外国人労働者が、休日に大挙押し寄せたのだろう。主催者が自動車工場の食堂などにポスターをずいぶん貼ったことも、告知効果が高かったようだ。日本人来場者は相変わらず比較的年齢層が高く思えたのだが、外国人は若者も少なくない。彼らの活気がショーを盛り上げたという感覚はたしかにあった。

▲今回大阪へは残念ながら行かなかったのだが、やはり前回より人が入ったようだ。東京は自動車への興味減少が露骨に数字に現れて入場者数を減らしたが、こと地方に関してはやはりクルマが生活の生命線ゆえ、人々はそうひどくクルマへの興味を失ってはいないということなのだろう。特に今回始めて行ってみた福岡のショーは、最近の九州へのクルマ産業進出の熱気を十分示したショーとなっていた。入り口に並ぶ凄まじいまでの長蛇の列は、クルマにまだまだ力があることを再認識させてくれた。入場者数は11万6600人という。

▲しばらく開催されていなかった福岡でのモーターショーが久々に開催されたということに加え、今回は自治体や北部九州自動車150万台生産拠点推進会議、そして地元西日本新聞などが主催ということで、メディアの露出も多く、それが入場者数の増加に結びついていたようだ。また共催に九州他府県メディアに加え韓国メディアも参加しており、一時間足らずという韓国からの入場者もかなりあった模様。トヨタが本格的に進出しようとしている韓国やその先にある中国をはじめとしたアジア市場に最も近い「アジアのショー」という位置づけができるのも福岡の立地がなせる技だろう。これは名古屋にはまねできない部分だ。またメーカー出展の他にトヨタ九州、ダイハツ九州といったメーカー九州工場からの独自出展もあり、人手不足の名古屋から人材豊富な九州へ自動車生産がかなり移りつつあるという実感があった。

▲こうしてみると、世に知られる元気な名古屋というのは今がピークなのかも、という気がしてくる。市場がアジアになり、生産が九州になると名古屋の元気がそがれてしまうのは仕方ないところかも。今回、輸入車は名古屋では半分ほどのブランドが出展。しかし、福岡ではイタリア系のブランドが出展していただけだ（そうはいってもフィアットが新型500を初めてショー出品していた）が、おそらく2年後の次回は今回の入場者数を参考に、ほとんどのブランドが出展してくるだろう。ただし、一部インポーターには東京、大阪、福岡とショー出展の名古屋飛ばしの声が今年ですらあった。トヨタが名古屋にある以上、国産車の名古屋飛ばしはないと思うが、輸入車がそういう展開になることは何とか避けたいもの。アジアを見なければ輸入車の市場規模ではまだまだ名古屋の方が大きいのだから。

▲ずいぶん多くのタワーマンションがある湾岸部に沿って都市が発展している福岡。高速道路からの夜景は、まるで東京の湾岸エリアのようだ。名古屋は内陸部に街があるから、湾岸地区には工場や高速道路はあってもオシャレな街やタワーマンションはない。なんか負けてる（苦笑）。そんなこんなでドラゴンズが日本一となった今が、名古屋は本当にある意味ピークなのかもしれない。ちょっと危機感が（汗）。がんばれ名古屋。
      
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   <title>日本はボンボン三代目社長率いる中小企業か？</title>
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   <published>2007-08-18T04:28:18Z</published>
   <updated>2007-08-18T04:32:00Z</updated>
   
   <summary> ▲参議院の選挙が終わって一ヶ月になろうとしているが、首相が開き直ってしまったた...</summary>
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      ▲参議院の選挙が終わって一ヶ月になろうとしているが、首相が開き直ってしまったために、なんだか何も変わっていないのがとても不可思議。ごく自然な感覚として、民意は表明されたのだから何らかのドラスティックな変化があってしかるべきと思うが、それが起こらないのは、この国にとっては実に不幸なことだろう。参院とはいえ、選挙で負けても開き直ればいいという悪しき前例を作ったことで、安部首相は歴史に名を残すかもしれない。

▲民主主義は多数決で決まる。それでないと何も進まないのは確かだ。ただ多数決が正しいことかというと、それは間違いだと個人的には思っている。八割の風に圧されるというか、多数派の民意に何となく引っ張られて、悪い結果に向かうことがあるのは、これまでの歴史で証明されていると思う。正しいと思うことは皆が間違っている言っても主張すべき。そしてそれを少数意見として尊重するのが本来の民主主義ではないのか。

▲とはいうものの、一国の首相がその姿勢ではまずかろう。いやそれでもやるというのなら、それなりの行動を示して、民意を得るよう努力すべきだろう。防衛省の事務次官人事をめぐるゴタゴタでも、その対応はまったくひどいとしかいいようがない。事は日本国の軍事・防衛問題なのだ。この体制で某国から攻められたら守れるのか。首相が好き？な戦前だったら、クーデターが起きるか、責任者の切腹ものだろう。

▲今の安部首相は、株主総会でつるし上げられているボンボン三代目社長という感じがする。実力もないのに家柄で社長になり、不祥事に対処できないボンボン社長というのは、典型的によくいるタイプ。かわいそうなのはその会社で一生懸命働いている従業員だが、それはこの場合、日本国民に置き換えてもいい。

▲同様に国家を会社に置き換えてみると、世界中が資本主義になってしまった昨今、すごく国際情勢が分かりやすいと思う。大企業アメリカ、かつての名門企業イギリス、社長交代でごたついて業績の上がらない大企業ロシア、凄まじい勢いで成長して新興大企業となった中国など、誰でも容易にイメージできるはず。では日本はというと、一見は大企業だが元来の資本規模からいって中堅企業、どっちかというと中小企業の部類なのではないか。

▲資源や人口といった資本をあまり持っていない日本は、創意工夫で世の中（世界）にいいものを作って売っていくという、典型的な中小企業の経営戦略でやってきたし、今後もその路線での堅実経営が必要だろう。もちろんアタマの切れる社長と勤勉な従業員が一生懸命働かないとそれはできない。取引先の大企業は常に無理難題をふっかけてくるし、新興企業は理解を超える商売の仕方で競争を仕掛けてくる。そんな中でどこにも負けず、従業員と家族の幸せを維持しつつ、将来永劫会社を発展させていくことは、従業員はもちろん、社長の能力こそ重要。ただし能力があってもワンマンはだめ。ワンマン社長はいずれ没落していく。それは最近の企業事件を見ているとわかるはずだ。

▲中小企業が生き残るためには、ちょっと調子がいいからといって尊大になって出過ぎるとたたかれるし、かといって自虐的になっていては他社に負けてしまうわけで、実に難しい舵取りが必要。日本という中小企業は、長い社歴のある名門企業ではあるものの、現在はボンボン社長の「殿ご乱心」に振り回されている状態なのでは。私は安部首相やトヨタの豊田副社長（やがて社長間違いなし）あたりとは歳がだいたい同じなので、安部首相のような同世代ボンボンの人生感はだいたい感覚的にわかるつもりだ。私の通っていた私立大学にも外車を乗り回すボンボンがいたが、彼と安部首相はあまりにダブって見える。

▲初代が創り、２代目が成長させた中小企業を３代目が潰すというのは良くあるパターンだが、日本という中小企業がそうなってしまうのは一生懸命働いているつもりの従業員としては勘弁してもらいたい。実際のところ、日本という企業の借金経営はもはや抜き差しならぬところまで来ているわけで、荒療治として銀行筋（民主党か？）から経営者を迎えるのも致し方ないところなのでは。でないといずれ外資に乗っ取られかねない。何よりボンボン社長をやめさせられないような経営陣には早々に退陣してもらうべき。世のワンマン中小企業と違って、これまで一応は社員の意見も聞いてきた民主的な経営の会社だったのだから、なおのことそう思うのだ。
      
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   <title>どこかわからないオンラインの彼方か、心許ないオフラインの手元か、さあどっち？</title>
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   <published>2007-07-05T15:34:52Z</published>
   <updated>2007-07-06T01:33:41Z</updated>
   
   <summary> ▲とんでもないことをしでかして、すっかり血の気が引いた。先日、調子が悪くなって...</summary>
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      ▲とんでもないことをしでかして、すっかり血の気が引いた。先日、調子が悪くなってきたPCのデータをバックアップしようと、丸ごとハードディスクをコピーした際、誤ってデータ満載のバックアップ用ハードディスクを一つ、すべてフォーマットしてしまったのだ。そういうことがないようにわざわざバックアップととっていたのだが、そのバックアップハードディスクを消してしまうという愚挙。その中に何が入っていたのか、未だに判然とはしていないのだが、はっきりしていることは大量のMP3データがあったこと。あの曲もこの曲ももう聴くことはできない（涙）。

▲そのほかにどんなデータがあったのか、それすらわからないが、今後ダメージは強まりそう。たぶん分散していたデータをそこへ集約したはずなので、捜せばあちこちのハードディスクから元データが出てきそうな気もするが、それにはまた膨大な時間が必要となる。とにかく今後はデータ検証をマメにするしかない。面倒なことである。丸ごとバックアップなどという慣れないことをやろうとしたゆえ、ハードディスクフォーマットなどという通常あり得ないことをしてしまったわけだ。コピーソフトのメーカーにはこのあたりの操作性をもうちょっと何とかして欲しいとつくづく思う。

▲こういうことをしでかすとデータはすべてオンラインの彼方に置いておく方が安全だと思えてくる。しかしどうしてもそれに踏み切れない。例えばアウトルックをやめてスケジューラをヤフーかグーグルのサービスに移行したいのだが、それらのデータがオフラインには残せないことが問題。もしサービスが停止した場合に、過去のスケジュールが見られなくなるととんでもない痛手だ。今の世の中、こうしたサービスはもちろん、世界の平和だっていつまで続くかはすごく不安。社会保険庁のようにデータを消しちゃうようなことは、さすがに昨今のIT会社にはないとは思うが、いつ止まるかはやっぱりわからない。

▲どこかはるか彼方にデータを置いておくことは、そんな風にちょっと不安と不都合がある。といって、ローカルに置くと今回のような事故も起きてしまうし、何よりバックアップや管理、そしてローカル検索が面倒だ。グーグルのディスクトップ検索は、もはや無しでは生きていけないが、それでもまだまだ完璧にローカルを検索できない。ましてハードディスクを入れ替えたり、順番を変えたりするとローカル検索はボロボロになる。はるか彼方にデータを置いた方が検索は確実だ。

▲今回ももともとはウィルスソフトのトラブルから始まっている。長年使ってきたノートンが不調でメールが上手く動かず、最近流行のウィルスセキュリティZEROに変更したら今度はアウトルックが同期しなくなってしまった。そんなこんなでどんどん泥沼にはまっていったのだったが、OSをXPにして以降、PCが妙に意外に安定していただけに、最近は心に油断が、操作に不慣れが生じていたようだ。PCとつきあうのは常に緊張感が必要だった。それを忘れかけていたことに対する警鐘だったと、今回のことは前向きに考えよう。

▲とにかく、どこかわからないオンラインの彼方か、心許ないオフラインの手元か、どちらに自分自身ともいえる「過去のデータ」を置けばいいかの結論を出さないといけない。本当はグーグルにすべてゆだねたいのだが、心理的にはものすごい葛藤がある。そんなに信じていいのか、グーグル？　ではどうしたらいいのだろう。そういえば消してしまったMP3もアナログなCD（もちろんデータはデジタルだが）で持っているものならすぐ復活できる。もしかするとアナログなDVD焼きこそが一番確実か？（検索はできないけど）　10年以上昔のスケジューラはシステム手帳で「紙」に残っていて、これを見るのがまた楽しかったりする。久々のトラブルは、デジタルに頼りすぎずアナログの力をもう一度評価した方がいい、と教えているのかもしれない。
      
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   <title>漫喫・カラオケボックスに負けたクルマ</title>
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   <published>2007-05-16T15:35:49Z</published>
   <updated>2007-05-16T15:37:11Z</updated>
   
   <summary> ▲私はこの歳まで自動車（以下クルマ）に関わる仕事をしてきた。つまりクルマが元気...</summary>
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      ▲私はこの歳まで自動車（以下クルマ）に関わる仕事をしてきた。つまりクルマが元気だった時代の恩恵で仕事をしてきたわけだ。そしてこれからもクルマとは関わっていくつもりだから、ずっと元気でいて欲しいのだが、国内ではいよいよどうにも売れなくなってきて、元気がなくなってきている。新車が売れていないのはよく知られているが、中古車も07年4月の中古車登録台数が前年同期比8.5％減で、13ヶ月連続して前年比を下回っている。つまり、クルマ全体が売れていないのだ。その理由は様々に言われているが、私なりになぜ売れないのか、もう一度考えてみたい。

▲先日、何かで読んで目から鱗だったのが「クルマの空間」に関する話だ。クルマの魅力の一つにプライベート空間という部分がある。昔風に言えば「クルマは俺の部屋」だ。かつては若い男の子がここへ女の子を誘い込むことができるという大きな価値があった。その空間では初めての二人は親しくなれたし、ステディな関係となってからは、厳しい住宅事情の中、二人のまったりとした時間を過ごすことができた。当然あんな事やこんな事もしたりしたわけだ。つまりクルマは移動する手段だけでなく滞在する空間でもあった。そしてその空間こそクルマの大きな所有意義だったわけだ。

▲自分の若い頃のことを思うと、これは確かにとても重要なことだったと思う。いや、金がなくて走りのクルマが買えなかった昔は、クルマの最大の価値はそれだったと言い切れる。ところが今はそんな空間が他にもある。カラオケボックスであったり、漫画喫茶、さらにはカップル居酒屋といったあたり。これらの施設ではごく安い価格で二人きりの空間が提供されているのだ。女の子と親しくなるのに三桁万円の大金をはたかなくても、時間300円でそれが可能となれば、クルマなど買う必要はないだろう。自分のクルマに誘うよりカラオケの方が誘いやすいのは想像に難くない。ここにいたってクルマの空間的価値はほぼ崩壊している。

▲となればクルマがどんな豪華な内装になったとしてもむなしいばかり。やっと最近充実してきた車内ＡＶも時すでに遅し。カラオケ時間300円の圧倒的なや安さにはかなわないし、だいいち車内では通信が弱いから最新カラオケはできない。そう、もはやクルマは移動するという価値しかなくなってしまった。魅力半減。しかもその残りの価値である移動に関しても最近はどうにも分が悪い。

▲その最たるものが駐車違反取り締まりの強化だろう。私の住む名古屋のように路上駐車に寛容だった街でも、最近はクルマが本当に駐めづらい。路上に数分クルマを駐めて用事を済ます間もドキドキしなくてはならないし、パーキングメーターが５分オーバーしただけでも即駐車違反切符を切られることがあるというのは、どう考えても厳しすぎるように思う。一度でもそういう切符をもらってしまったら、もうクルマで移動などしたくなくなってしまうだろう。

▲また飲酒運転の取り締まり強化も、こと地方都市ではかなり大きな影響を与えているようだ。地方都市の郊外型居酒屋は大型駐車場を備えていることが多い。もちろん建前としてはクルマに乗ってきた人は酒を飲まないことになっているが、過去においては事実上、大人の判断に任すという状況だった。しかしこれも徹底的なキャンペーンによって大きな影響を受けており、郊外型居酒屋の売り上げはかなり落ちていると聞く。そんな今でも、交通機関の少ない地方では相当なリスクを負って酒気帯び運転をしている人はまだかなりいるようだ。人生棒に振る覚悟でクルマに乗っているわけで、それはそれでかなり悲しい。

▲ＡＶの整った部屋で、お酒を飲みながらプライベートな時間を安く過ごせるカラオケボックスに対し、カラオケもなくて酒が飲めず、やたら高額な初期投資のいるクルマの室内が勝てるわけがない。トヨタの新型ｂＢはその状況に果敢に挑んだクルマだが、今の販売実績を見る限り、惨敗といえる。こうなると格差社会でもともと金のない若者がクルマに興味をなくすのも仕方ないところだろう。

▲韓国ヒュンダイ自動車が超低価格車を開発中とのことだが、日本でもそろそろ「カラオケボックスに負けたことを認めた」新たなマーケティングに基づいて、クルマ作りを再考した方が良いのではないか。クルマに豪華さはいらない、空間的価値もいらない、もちろん走りの良さなど要らない。効率的に移動できる「道具としてのクルマ」で、しかもできる限り低価格なクルマ。そういうクルマはたぶん軽量小型なので環境的にも負荷は少ないはず。新車価格は昔のアルト（４９万８０００円）を下回るもの。そんな斬新なクルマが出てこない限り、日本のクルマ市場の低迷は今後も確実に続くだろう。
      
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   <title>ある旅の終わり</title>
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   <published>2007-05-05T04:48:28Z</published>
   <updated>2007-05-05T07:18:27Z</updated>
   
   <summary> ▲本日をもって、ある旅を終わりにしようと思う。その旅に出てから、思えば早15、...</summary>
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      <name>水野</name>
      
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      ▲本日をもって、ある旅を終わりにしようと思う。その旅に出てから、思えば早15、6年になるだろうか。あまりお金がかからなかったゆえ、気軽に続けてこられたのだが、終点がなんとなく見えてしまったから、もうそろそろ終えてもいいだろう。その旅の名は、旨いラーメンを捜す旅だ。

▲始めた頃、本当に名古屋エリアには旨いラーメン屋がなかった。手元に94年12月発行のラーメン特集ムック本があるが、80件ほどの掲載店のうち、半分ほどは中華料理屋であり、ラーメン専門店は極めて少ない。そして、その専門店でも旨い店はあまりないのだ。ただ、この頃から名店として名をはせたのが西区の「万楽」だ。この行列店によって、名古屋にもラーメンブームがやってきたといってもいい。カップ麺にもなったほど。行列を嫌っていつの間にか足が遠のいた店だが、食べた当時もそう旨いと思ったわけではなかった。しかしブームの起爆剤として貴重な店だったといってもいいだろう。だった、というのは、実はこの店の店主が先頃亡くなってしまったのだ（享年61才と若い）。

▲一方、主人が亡くなったわけではないようだが、超有名店だったにもかかわらず今はないのが千種区の「三吉」だ。いわゆる無科調魚介系のラーメン店として、この店が名古屋のラーメン界に与えた影響は絶大だった。開店してすぐの、人が少ない時期にちょくちょく行ったものだが、正直、ここもそう旨いわけではなかった。が、オリジナリティは間違いなくあった。その後、いわゆる地元グルメTV番組やタウン誌などのマスコミによって祭り上げられたのが不幸だったのかもしれない。初期の頃から、けっこう居酒屋ノリのルーズな店だったのだが、移転以降それがより顕著になり、放漫な印象が強くて足を運ばなくなってしまった。ただ、この店の弟子の人々は皆、今もなかなかいい仕事をしていると思う。

▲三吉以降、いわゆる魚介系の味を売るラーメン店が次々に生まれたのがこの10年の動きだと思うが、客入りはどこもそう良くはないようだ。マスコミで取り上げられると一時客があふれるが、一週間もすれば人はひいてしまう。魚介系はあっさりしている上に量は少なめ、その割に価格は高めということで、試しに食べてみたいという人が一度食べてそれでおしまい、となりがちなわけだ。経営的に苦しいところも少なくないという。その点、とても旨いとは言いがたいチェーン店系ラーメン店は、割安感と深夜営業によりどこもけっこう元気がいい。

▲同様に若い人に人気の豚骨系も魚介系よりは元気がいい。替え玉100円も大食漢には魅力なのだろう。残念ながら私は、豚骨やこってり系のラーメンは、歳のせいかどうにももう受け付けない。豚骨ラーメンでも旨いまずいはわかるが、旨いとはいえ食べたい、食べきりたいとはもはや思えないのだ。それと、何故か豚骨系の店は魚介系より深夜まで営業していることが多い。魚介系ももう少し、営業時間が長いと行きやすい＝客が増えると思うのだが。

▲ラーメン旅をやめるのは、最近では旨いラーメンにあまり巡り会えないからだ。特に魚介系のラーメンに一定以上のレベルの店が増え、どれも変わりばえがなくなってしまった。私自身が飽きてきたということもあるのかもしれないが、いいレベルだけれど旨いとはいえないラーメンを食べたときに、なんだか空しくなってしまうことも大きい。「これならムチャクチャ旨いあの店で食べれば良かった」なんて思ってしまう。旅に出て出会いを楽しむより、家でいつもの娯楽で楽しみたい、みたいなものか。私も保守的になってきたのか!?

▲今日行ったのは、かつて繁華街の外れで主人と奥さんだけで営業している知る人ぞ知るという店だったが、人気が出たのかやがて繁華街に進出し、その時はけっこう人も使っていた。そのうちそこもうまくいかなくなったのか、今度は繁華街から遠く離れたところで、また夫婦二人でやっているという店。最初に行ったときからそう旨いとは思わなかったのだが、それなりにこだわりのあるラーメンではあった。この店の遍歴は、ブームに持ち上げられての何か勘違いだったのかもしれない。今日食べてみても、良くできてはいるのだがやはり中の下といったところで、もう一つ旨くないし、店も新しいのに何故か小汚い。700円を支払って出るとき、とても空しい気分になった。もう旅はやめようと思ってしまった原因の一つだ。

▲全国にはまだきっと旨いラーメンがあるとは思うから出張時に行ってはみるが、名古屋はもうこれでいい。感動的なラーメンはもう一通り当たってしまった。自分の中でそう思うように、ラーメンブームもどうやら下火になってきているようだ。名古屋の名誉のために言っておくが、オリジナリティがあって旨いラーメン屋は以下のように今もちゃんと営業を続けている（検索用名古屋エリア旨いラーメン店：新谷・鴨ラーメン・慈庵・翠蓮・ぎんや・晴レル屋・轍・ぶっこ麺）。ただし、もうラーメン捜しの旅はこれで終わりにしよう。よほど評判の新店以外は、時々いつもの店に行くだけでいい。すっかり身についた高脂血症も脂質異常症と名を変えたことだし。
      
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   <title>ジャパニーズファーストフード戦争の勝者は!?</title>
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   <published>2007-03-24T09:02:41Z</published>
   <updated>2007-03-24T09:09:25Z</updated>
   
   <summary> ▲100円寿司のかっぱ寿司が牛丼のすきや（ゼンショー）に実質的に買収された。か...</summary>
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      <name>水野</name>
      
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      ▲100円寿司のかっぱ寿司が牛丼のすきや（ゼンショー）に実質的に買収された。かっぱは当社のすぐ近所にもあったのだが、最近撤退してしまった。その理由は買収うんぬんではなく、美味くないから。閉店の頃には客足が急速に落ち、ランチタイムでも人影まばらに。新築開店時期には駐車場に入るクルマの列ができたものだが、３年ほどで見事に人が入らなくなった。

▲かっぱは開店当初から不味かった。ただ「これは寿司ではなくかっぱ寿司という別の食べ物」と思えば何とか食べられたので、時間のない昼食時などにはそれなりに重宝した。この感想は私だけのものではなく、多くの人が意見を同じくしたものだ。100円だから仕方ないと思って食べていたものの、それでもちょっと食べれば1000円近くになり、だったら普通の寿司屋でランチメニューを食べた方がいいとなってしまって、昼食時には客足が退く一方だった。

▲近所のかっぱがダメになったのは味のせいだけではない。実はクルマで５分ほど離れたところに大阪から進出してきた100円寿司「スシロー」ができたことが大きい。こちらは今でもよく行くが、100円なら十分許せる、いや100円の割に結構うまい寿司を提供している。かっぱと比較するとその差は歴然。クルマ社会の名古屋市郊外ではクルマで５分の範囲はすぐそこという感覚だから、かなりの広域から客を集めている。かっぱ以外にもクルマで行ける範囲に他の100円寿司もあったが、ここもすっかりスシローに客を取られてしまった。

▲スシローは平日の昼でも行列ができるほど繁盛している。レギュラーのネタも数が多くてそれなりにいいが、時々フェアを行って、変わり寿司を出す努力もあり、飽きさせない。いずれにしても100円だから、1000円以内でほぼ満足できる。これではかっぱは勝てっこない。今後スシローがどんどんオープンしていけばかっぱは間違いなく潰れるだろう、と予測していた。

▲そこへゼンショーによる買収が持ち上がったものだから、かっぱの株主はうまいことやったなあ、ゼンショーはババを引いたなあと思っていた。かっぱの経営陣はもう経営に見切りをつけていたと思う。まだ利益のあるうちに売り抜こうとしたはず。そこへゼンショーが来たものだから渡りに船ということだろう。

▲ところが今日になって、なんとスシローまでゼンショーが買ってしまったという。スシローは関西方面に約200店、かっぱは関東方面に約300店。これで確かに回転寿司ではトップに立てるはず。そこまで考えてのゼンショーによるかっぱ買収だったわけだ。どこかの経済誌でインタビューを読んで、スシローの創業者はあまり切れるタイプの人ではなかったように思っていた。しかしこのタイミングで会社を売ってしまうとはたいした切れ者かもしれない。さすがにスシローをここまでにしただけはある。

▲かっぱもスシローもそしてゼンショーも３社共に満足という今回の買収劇だが、では肝心の消費者は満足できる結果となるのだろうか。これまではかっぱとスシローの戦いでうまい100円寿司が食べられたのだが、今後は独占状態になる。その結果かっぱは少し美味くなるがスシローは少しまずくなるという展開は勘弁して欲しいところ。最近の様々な企業合併騒動を見てもどんどん寡占化が進んで、結果的に消費者には画一的な商品やサービスが押しつけられる方向に向かっているように見える。ハンバーガーはマック、チキンはケンタッキー、100円寿司はスシローと選択肢のない時代がやってくるとしたらなんだか辛い。
      
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   <title>グローバリズムとキリスト教って一体のもの？</title>
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   <published>2007-02-06T02:53:12Z</published>
   <updated>2007-02-06T12:28:31Z</updated>
   
   <summary> ▲アメリカが好きだ。私たちの世代が若者になった頃、１９７０年代の初めにアメリカ...</summary>
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      ▲アメリカが好きだ。私たちの世代が若者になった頃、１９７０年代の初めにアメリカ文化がどっと日本へ入ってきた。JICC出版（現宝島社）の月刊宝島、読売新聞の出した「メイドインＵＳＡカタログ」、それに続く、平凡出版（現マガジンハウス）の雑誌「popeye」などによって西海岸文化がライフスタイルとして紹介されたわけだ。ロック、クルマ、バイク、ファッション、サーフィン、そしてライフスタイルなど、アメリカ文化の明るさが60年代の日本的暗さから若者を解き放した。ちょうど大学生だった我々世代はこの流れに乗り、すでに終焉を迎えていた学生運動の影響を受けることなく、大学という今に続く遊園地を満喫したのである。

▲実際にはこの時期のアメリカは、ベトナム戦争の終結を背景に社会的にはかなり厳しい状況にあったのだが、日本のお馬鹿な学生にとっては自由の国アメリカという姿しか見えていなかった。本当は相当暗い内容のイーグルス「ホテルカリフォルニア」がカリフォルニア賛歌として聴かれる中、名古屋市内の本山地区をウェストコーストに見立てた本山ウェストというタウンマップを作ったりもした。ほんの数年前、学生運動華やかな頃にはこの本山の交番を火炎瓶で襲った先輩の話も知ってはいたのだが。

▲当時の私たちは、そういう「運動」では何も変わらないことを感じていたのだと思う。自分たちがアメリカ的な「自由なライフスタイル」を確立していくことで、義理人情、実直勤勉、保守反動的な日本の社会が変わっていくのではないか、と思っていた。バイトをしていたホワイトハウスという名の喫茶店（アメリカの田舎家風の白い建物にはいつも星条旗がはためいていた）では週末にライブが行われ、駐車場の脇にはサーフショップやグッズショップが建ち並び、アフロヘアのハングライダー講師は駐車場のバンで寝泊まりしていた。日本的ではない「自由」がそこにあったのだ。

▲そんな青春時代を過ごしたゆえかアメリカに対してそう悪い印象を持っていなかったのだが、冷戦時代の終焉以降、冷戦時代よりかえってアメリカ帝国主義を強く感じ始めたのは事実。そして最近の、いわゆるアメリカ的グローバリズムは、イラク戦争にいたってもはや誰の目にも行き過ぎに映り始めているはずだ。今のアメリカは僕らの好きだった古き良き自由なアメリカではなく、格差社会が行き着いた「自由という概念を守る」ために世界を侵略する保守的な国になってしまったように思う。

▲若い頃アメリカ文化に侵略された私だが、宗教だけはキリスト教にはならなかった。こうして今、いろいろ考えてみると私にとっては仏教の方が居心地がいい。そうした様々な宗教を多様な文化として許すのが本来のアメリカだと思うのだが、イスラム教圏への執拗な攻撃を見る限り、アメリカ文化＝自由主義経済＝キリスト教という図式はどうやら譲れないところへ来ているかのように見える。第二次大戦後アメリカが日本をうまく治められたのは、東西対立の激化もあったにせよ、日本人が宗教に対して比較的鷹揚だったからだろう。神道仏教キリスト教なんでもごっちゃで大丈夫、実は一心に信じるものはないという日本人の懐の広さが幸いしたわけだ。しかし世界は違う。

▲アメリカのグローバリズムとキリスト教は一体のものかもしれない。欧米は大半がキリスト教圏だが、それ以外の地域ではそうはいかない。中国など共産主義が一種の宗教のようなものだし。となればアメリカとしてはなんとか日本を含めた非キリスト教諸国へ、キリスト教をじわじわと広めていきたいと思っているはず。最近大々的に広告展開されて話題となったアーサーS.デモス財団のキリスト教書籍「パワー・フォー・リビング」などは、そういう意図を持った布石の一つなのではないだろうか。特にカルトでもないと言われるこの財団がこれだけのお金をかけて行うからには、その背景に何らの意志もないとはいえないように感じる。

▲こうして考えると政教分離が一番できていない国は、実はアメリカなのかもしれない。ひるがえって日本人は大半の人が無宗教でも大丈夫。昨年、無宗派葬をやったことはここで書いたが、例え仏式の葬式をやったとしても、その人が仏教徒である可能性は限りなく低いのが日本の現状だ。こうなると無宗教のままでも死ぬことのできる日本人の精神構造を研究することで、もしかすると世界平和が達成できるのでは、とすら思えてくるのだ。
      
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   <title>自動翻訳機、どうしてこれだけは実現しないのだろう</title>
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   <published>2007-01-18T14:29:57Z</published>
   <updated>2007-01-21T16:41:35Z</updated>
   
   <summary> ▲ある雑誌を読んだ。それによるとなんだか日本の国力が落ちているらしい。GDPは...</summary>
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      ▲ある雑誌を読んだ。それによるとなんだか日本の国力が落ちているらしい。GDPはここ15年ほどで世界一から一気に落ち、昨年は14番で「ノーフューチャー」だったはずの大英帝国にも負けている。そういえば昨年の自動車販売台数はついに中国が世界2位に躍り出たし、日本は人口も2015年をピークに下り始めるらしいし、IT分野でも世界の国々にどんどん負けている状況のよう。確かにwebの世界で日本発のものは少ないし、ネットの利用率もこのところあまり高まっていないようだ（特に20代には）。

▲web2.0の世界では「英語」ができない日本人が多いことが問題だという。世界の共通語である英語さえできれば、ネット社会ではどこでも仕事になるという。その顕著な例がインド。英語ができて、やたら人の多いインドは英語圏の巨大頭脳になり得るらしい。英語のしゃべれない人が多くても、絶対的な人口の多い中国は何とか自国文化圏で独自の展開ができそうだが、日本とか、自国言葉にこだわるフランスやドイツは今後没落していくとのことだ。日本沈没は近いか。

▲確かにこの話には説得力がある。うちの会社ではポルシェの専門誌を編集発行しているのだが、この雑誌は内容的には世界で一番「濃い」ポルシェ雑誌と自負できる。しかしながらこの雑誌は日本語で書かれ、しかも文字は縦組み。アメリカや中国で読んでもらってもおそらく喜ばれるはずの内容だが、日本語では展開のしようがない。といってネイティブな英語に訳して刷り直すのも難しい話だ。ましてネイティブな中国語は無理。

▲私がデジタルの仕事を始めて10年以上たつが、その間にずいぶん世の中は変化し、進化した。10年前、クルマのサイトを集めて紹介した単行本と、その紹介サイトに番号を振って、番号を入力するとすぐ跳べるようにしたポータルページを作ったりしたものだが、今はgoogleがあればそんなものはいらない（いや、個人的には密かにそれが欲しかったりするのだが＝つまり個人的なリンク集だ）。このあたりは劇的な変化だ。

▲ところが10年前に「10年もすれば簡単にできるようになっているはず」と考えていたことでまったく実現していないものがある。それが自動翻訳、というか同時通訳マシンだ。全世界の言葉とはいわないが、せめて英語を日本語に、日本語を英語に即翻訳できるくらいの機械はできていてあたりまえ、と思う。むろん細かなニュアンスは無理としても日常会話、ビジネス会話くらいできる機械がなぜ今もできていないのだろう。

▲翻訳サイトもお馬鹿なままだし、旅行用翻訳（というか発声）マシンはあるが会話までできるものは開発が進んでいるという話すらきかない。この自動翻訳・同時通訳マシンが実現すれば、日本人もグローバル化についていけるし、ひいては国力の回復につながると思うのだが、結局今も役に立たない学校英語教育と、業者が儲かるばかりの駅前留学が幅をきかせている。小難しい（失礼）デジタル技術を開発するより、こういったベーシックなサービスを実現させる研究開発の方が世のため人のため、ひいてはお金になりそうな気がするのだが。特に英訳機は日本を救うと思うのだ。

▲今から25年ほど前、私は写植という技術を身につけようとがんばったことがある。手書き原稿を活字にする仕事だが、文字盤から一字一字文字を拾い、サイズを決めていく仕事で、とてもヘビーな職人技だった。やってるうちに、これは人間のやることじゃない、やがて機械がやるはずと思い、とっとと見切りをつけた。まあそれは正解だったわけで、その技を身につける時間の代わりに、いろいろな仕事ができたことが現在につながっている。

▲写植と同様に英語も身に付けようとしたができなかった技術。まあこれもいずれ機械がやるはず、と思ってそれ以外のことに邁進してきたつもりだが、こればかりは見事に当てが外れてしまった。残り少ない人生で「手段としての英語」を身につける時間はあまりとれそうにない。となれば、何とか早くこの「どこでも英訳機」をだれか開発して欲しい。現役を退く頃にできても意味がないので、今すぐ欲しいのだ。久々の強烈な物欲なのだが、現物に関しては今だ何の姿も見えないのがもどかしい。
      
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   <title>想像しよう。死ぬのはいやだ、怖い、戦争反対</title>
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   <published>2006-12-11T09:13:15Z</published>
   <updated>2006-12-16T09:39:41Z</updated>
   
   <summary> ▲12月8日はジョンレノンの命日だった。真珠湾攻撃の日でもあり、例年何かと思う...</summary>
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      ▲12月8日はジョンレノンの命日だった。真珠湾攻撃の日でもあり、例年何かと思うことの多い日なのだが、今年はイマジン（想像してごらん）をキーワードに、少し考えてみた。ジョンが死んで四半世紀がたつが、世界は何も変わっていないし、日本でいえばよりきな臭くなっている。「死ぬのはいやだ、怖い、戦争反対」というのはYMO関係のお笑いグループ「スネークマンショー」の曲だが、これが発売されたのはちょうどジョンが死んだ頃だったと思う。 

▲戦争を考えると、やはり問題は人の死ということだろう。為政者のために多くの人が嫌々戦いにかり出され死んでいく、それが戦争反対論者の論旨だ。たとえば戦いが完全にロボット化して、為政者だけが負けた責任をとって死ぬような戦争になれば、人は面倒な選挙などではなく、為政者の殺し合いで政治を選択するかもしれない。為政者も命がけだから政治はもっとよくなるかも。少なくともそんな親父を継ごうとする二世三世議員は減るだろう。誰だって死ぬのはいやだ。 

▲ところが最近、この死ぬということに関してのイマジンが欠落しているように思う。いや欠落というより、誤った解釈というべきか。TVで人気のスピリチュアリストあたりがいうあの世を単純に信じている人（特に若い人）が多いようで、評論家の香山リカが月刊誌で書いていたように、最近多い自殺者には、死んでから自分の死んだことで苦しむ奴らを見てみたい、などという思いもあるようだ。それができると信じているから死ねるわけで、死ぬということが、かなり湾曲して考えられている節がある。 

▲私はどちらかというと仏教徒だから、死んで無になる的な唯物論者ではないが、それでも「私というものがなくなる死」は怖い。輪廻転生を信じているわけではないが、たとえ信じていたとしても、私がなくなることを喜んで受け入れられる気にはなれない。死はなんだかわからないから怖いのだ。でも、それよりさらに怖いのは生き残ることだ。その昔、「ジョニーは戦場へ行った」という映画があったが、戦地で手足目耳口をもがれ、芋虫状態でなお生きている若者の苦悩というこの映画は、若い頃に見て衝撃を受けたもの。それが自分の身に降りかかることを想像すると、正直怖くて戦場には赴けない。 

▲つまり「ひょんと死ぬる（フィリピンで戦死した竹内浩三の詩）」兵隊ならまだましな方で、手足をもぎ取られ、苦痛と苦しみのうちに死ぬ兵隊が大半な訳で、それを想像すると「死ぬのはいやだ、怖い、戦争反対」となるわけだ。そうした想像力がどうも最近欠落した社会になっているように思える。ジョンは戦いのない社会を想像してごらんと歌ったが、いま想像すべきは戦いの後で苦しむ自分を想像してごらんということだ。すでに戦争へは行けない年になった私はあまり自身に関しては想像できなくなったが、自分の子供で想像すると怖い。そういえばかの国の首相は平和な時代に生きて老い、しかも子もないからそんな想像などできないのかもしれない。 

▲最近の子供の自殺も、そういう教育をすれば減るのではないか。自殺で確実に死ねるわけではない。自殺未遂で地獄の苦しみに陥った人は多い。死ぬことの恐怖より、生き残ることの恐怖を想像させることこそ、自殺抑止に役立つと思う。つまりそういうことを想像させないようにしていることこそ、現在の教育や社会の問題ではないだろうか。戦争へ向かう道と、自殺者増加の道は同じ方向なのではないか、と想像してしまう年の瀬だ。 


      
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   <title>私のイヤーカーはダイハツソニカ</title>
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   <published>2006-12-05T09:09:31Z</published>
   <updated>2006-12-18T11:23:55Z</updated>
   
   <summary> ▲今年もイヤーカーが決まった。といってもCOTY、RJC、自動車殿堂に加え、今...</summary>
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      ▲今年もイヤーカーが決まった。といってもCOTY、RJC、自動車殿堂に加え、今年は「あなたが選ぶ」も加わったから、ありがたみがグッと少なくなったという感じ。実際のところ、自動車業界人に対するご褒美という感覚もあり、一般にはあまり関係ない話だろう。クルマは数年に一回しか買わない商品であり、イヤーカーといってもその時に買い換え時期が来ていない限り、あまり興味は引かれないはず。また個人的に買えそうなクルマでない限り、現実感がないものだ。例えば超高級セダンのレクサスLSはクルマ好きにさえ親近感がない存在だし、三菱「 i 」も軽自動車に興味がなければあまり心に響かない。そういう意味では、言い古されている話だが、販売的には何ら効果がないものだ。あくまで机上の賞にすぎないだろう。それではまずCOTYから見ていこう。 

▲COTYはイヤーカーと言えばこれだけしかなかった当時は分かりやすかったし、人々がクルマに強い興味を持っていた時代から存在するだけに、今も一番権威があることは間違いない。これの選考委員に入ると、一流の自動車業界人と認められるようだ。名刺にCOTY選考委員と肩書きがつけられるので、フリーのライターにとっては勲章といえるだろう。それゆえ、きな臭い話も多いようだが、それはさておき、今年はレクサスLS、輸入車でシトロエンC6、先進技術で三菱「 i 」、楽しさでアウディTT、バリューでストリームとなった。私としてはLS、C6、TTは不満のないところだが、「 i 」って試乗記で書いたとおりスマートの影があって？がつくし、ストリームもインパクトという点では今ひとつだった。 

▲RJCでは「 i 」が大賞。輸入車部門で受賞したメルセデス・ベンツEクラスディーゼルはまだ乗っていないだけに評価しにくいところだが、テクノロジー賞もこのクルマというのは、LSがRJCでは完全に無視されている状況にリンクしている（つまりハイブリッドのトヨタへの反旗か）。選考の仕方がよくわからないが、LSがノミネートさえされていないというのは、あまりに変な印象だ。軽自動車賞のムーヴは妥当だと思う。ソニカも良いが、シャシーが新しい分、ムーヴというのは納得できるところだ。 

▲殿堂はLSが大賞で、輸入車がアルファロメオ・ブレラ、デザイン賞が「 i 」、テクノロジー賞がアウディTTのアルミとスチール併用のボディ。ブレラは確かに良かったが、トップかと言われると？だ。ことデザインに限ってなら「 i 」も文句はない。TTの技術も悪くないから文句はない。殿堂はwebで見る限り、自動車書籍出版の三樹書房やRJCにいた評論家の三本さん、星島さん、カースタイリングの藤本さんあたりが中心の組織のよう。LSをきちんと入れているあたりは、あまり偏っていないように見受けられる。 

▲さて、この3つでも混乱なのに、更にネット投票で選んだという「あなたが選ぶ」が加わったからたいへん。自動車出版ネコパブリッシングが展開するweb攻勢に連動した動き（ネコの社長の笹本さんが主導）に見えなくもないが、大賞には「 i 」が来た。あとは気ままな人気投票という感じで、輸入車がフェラーリ599、スポーツカーはなんと光岡オロチ、軽が「 ｉ 」、RVがエスティマ、エコがEクラスのディーゼル、セダンがLS。ちょっと賞の数が多すぎてありがたみがないが、ここでも「 i 」が人気のようだ。 

▲実はインターネット・カー・オブ・ザ・イヤーというのをもう5年ほど前、レスポンス（当時のオートアスキー）やモーターデイズなど10社ほどで立ち上げていたことがある。3回ほど行なって自然消滅してしまったのだが、その時思ったことは冒頭でも書いた通り、多くの一般消費者にとって、新車は縁遠いものだということ。業界の人はいろいろ乗り比べているだけに、それなりに検討できるが、普通の人はメディアで知ったり、店頭で見たりする程度。こうしたことが、賞の投票を難しくしているということだ。せめてノミネート車だけでも乗り比べていれば、冷静な比較投票ができるが、それは事実上無理だ。 

▲例えば「あなたが選ぶ」の1位が「 i 」だが、これは気軽に興味を持って店頭で試乗した例も多かったのでは、と思う。その親近感が1位に押し上げた気がする。その点、2位のLSを試乗した人は少ないはずで、あくまでイメージ投票ゆえ、2位に甘んじたのではないか。他の賞ではノミネートもされていないエスティマが3位にいるのは、ベストセラーカーだけに多くの人が自分のクルマとして、あるいは購入候補として票を投じたように思う。4位のオロチなど、まだ私は走っているクルマを見たことがないほどで、実際に見て投票した人は少ないのではないか。やはりネット投票制度をやるなら、投票したい多くの人が自由に試乗できる環境を整える必要もあると思う。 

▲では私のイヤーカーを発表。最も進んだITSカーという点ではレクサスLSなのだが、正直なところ、走りには秀でたところを認められなかった。個人的にはシトロエンC6が気になるのだが、まだ乗っていないし、何より「シトロエンであるがゆえの個性」以上のものはないだろう（そこがいいのだが）。軽を越えた軽になったという点では「 ｉ 」よりダイハツのソニカ、ムーヴが素晴らしい。もはや価格も軽とは呼べないくらい高いから、出来の良さはあたりまえかもしれない。しかし軽というより、小さなクルマとして素晴らしい。ミニバン的なムーヴはスペース効率の面でも有利だが、それよりソニカが小さな新しい乗り物っぽくて素敵だ。低圧ターボとCVTは理想的な動力装置だし、ITS装備の数々が初めて軽に搭載できるようになったという点でも高く評価したい。イヤーカーに選ぶなら「 ｉ 」よりソニカだと思うのだ。 


      
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   <title>web2.0って古い仕組みの復活かも。でも検索だけは違う</title>
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   <published>2006-11-01T15:00:00Z</published>
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      ▲web2.0という言葉がどうやら広く浸透したみたいで、「どういうこと？」と聞かれることも多くなった。そこで、 ITで先を行く者(苦笑)として迷える子羊を導いてあげると、結構儲かったりするのだが、商才のない私としてはそれができない。ついつい、昔の（コンピュータの）世界と同じかも、なんて答えてがっかりされる。

▲メインフレームの時代はでかいコンピュータと端末が専用線でつながっていて、メインコンピュータのデータを端末が引き出していたわけだが、「あっちの世界」とつながっていると説くweb2.0って、メインコンピュータがないだけで端末（PC）から見れば大差ないのではと思う。もちろんSEが成長させるメインコンピュータと、万人が成長させるweb2.0の世界は大きく異なるものの、端末側は何もしなくていいという点では、昔と同じ「お任せ」の世界。今後このお任せがさらに進めば、人々はコンピュータに対してどんどん興味をなくしていくだろう。

▲そう言う時代にOSって意味がないから、ゲイツくんが早々に引退したのはよくわかる。彼の努力（と運）でやっと個人の物になったコンピュータは、今後、個人から離れて社会インフラになってしまう。性能の良くなったクルマに人々が興味を示さなくなったように、あと数年すると、コンピュータも興味の対象ではなくなってしまうのだろう。パーソナルコンピュータの時代こそがゲイツくんの活躍の場だったわけなので、それがわかっている彼はとっとと引退したわけだ。

▲そんな中で、唯一、昔の世界と違うことは「検索」だろう。検索で、すべてのことがわかってしまうというのが web2.0。というか、もはやこれなしで人は生きていけない、くらい。ただ「あっちの世界を検索する」ことがすごいことのように思われているが、私はむしろ「こっちの世界を検索できる」ことの方がすごいと思う。googleのデスクトップ検索のことだ。これで自分のPCを検索できることが、個人の能力を大幅に拡張してくれる。

▲メールはもちろん、メモ帳、日記やスケジュール帳、住所録や様々な作成ファイル、取り溜めた写真、検索結果の保存ファイル、などなどハードディスクにどんどんぶち込んでおけば、それを簡単に検索して見つけ出せることで、いよいよ個人そのものがハードディスクに保存できるようになった。私は最近、書類もデジタル化して保存することに留意している。マメにデータさえ残していけば、あれはいつのことだったか、とかあの話はどうなっていたっけなどのフラストレーションは一切溜まらない。大昔に書いた原稿などもこれで生き返っている。

▲こうしたデータは「あっちの世界」に置くことももちろん可能だが、やっぱり「ローカル」にあった方がセキュリティ的に安心感がある。こうなるともはやハードディスクは自分の分身だ。自分の頭脳のかなりの部分がその中にある。さらに進めばやがて人間のコピーをハードディスクに作ることも可能になるかも、なんて思うほど。そのかわりこの貴重なデータをとばしてしまわないよう、バックアップに汲々としている自分が悲しい。

▲ただこの検索をgoogleデスクトップ検索でやっていることは大きな矛盾。データは本当に流出していないのか。ホントはgoogleが私のすべてを知っているのではないか、そんな根本的な不安は解消しないまま、この便利さに身も心もゆだねて流されている最近の私だ。
      
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   <title>ネットで起きた革命がいよいよリアルな世界へやってくるのに、50歳は…</title>
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   <published>2006-08-08T15:00:00Z</published>
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      ▲私と同じ年の生まれの田中康夫ちゃん(50)が選挙に負けた。彼の過激な改革路線が基本的には性急さを求めない長野県民に受け入れられなかったことは明白だ。と同時に、脱ダム、脱記者クラブといった（長野に限らず中央も含めた）財界・マスコミに対した戦いに敗北したということだろう。リベラルな人にとって当たり前と思うようなことが、そうでない人には受け入れがたい、という結果だと思う。彼が６年前に勝ったときは、長野はあまりに腐敗しきっていた（ゆえに勝てた）。それをかなりまともにはしたが、より理想的にしようとしたことには、県民が拒否反応を示したということだろう。

▲対戦相手が70歳近い年齢だったことも大きい。ライバルは年寄りには親近感が、保守的な中高年には頼りがいがあるように見え、もっと若い人にとっては50歳の康夫ちゃんも70歳のライバルもジジイには変わりない。つまり康夫ちゃんが年寄りからは頼りなく見え、浮動票の多い若者からはジジイにしか見えないという微妙な歳だったことが敗因の一つだと思う。初当選した６年前は44歳だから、いかにも若かったが、６年の間に、彼もジジイの仲間入りしたということだろう。

▲私もまもなく50歳だが、最近私と同じくらいの年の人たちが次々と敗れていく。康夫ちゃんもそうだし、極端に言えば麻原だってそうだ。反対に同じ世代でも新保守を掲げる、あまり切れ者に見えない人は権力の中枢に上がっていく。新総理になるだろう安部氏あたりがその代表だ。破れていくのではないかもしれないが、ビル・ゲイツも引退してしまう。彼は分かりやすくいえばgoogleには勝てないと悟ったということだろう。パソコンを普及させることで革命をもたらした彼は、googleを筆頭とする次の情報革命の世界ではジジイになってしまったことを自覚したわけだ。

▲梅田望夫著の「ウェブ進化論」や佐々木俊尚著の「グーグル」を読んでみたが、これらの本にあるとおり、もはや次なる革命は起きている。OSでユーザーを囲い込むというゲイツのビジネススタイルは、新たな世界ではもはや通用しない。それはこれまで今までにない新しいビジネスやアートを作り上げてきた50歳前後にとっては、ついに来た敗北であり、ジジイになったことを悟らざるを得ない。しかもその革命の先にある世界が、リベラル？ジジイにとって理想の世界であるかははなはだ疑問なのだから。

▲先進的なテクノロジーを駆使することで、多くの人がつながり、その結果、素晴らしい世界がやってくる、ということに異論はない。もうそれは10年も前、インターネット創世記に考えたこと。それが実現するのであれば大歓迎だ。しかしそれを支えているのが、人に対する楽天主義（性善説）だったり、広告収入であったり、アメリカという国であったりするあたりにどうしても一抹の不安を禁じ得ない。それは古くからあるアメリカン・スピリットそのものではないか、とも思うのだ。

▲おそらくそういう危惧を感じること自体、すでに「リベラル」な「ジジイ」の限界なのだろう。思い起こせばこの50年の間、世界はアメリカを中心に回ってきた。日本社会もまたアメリカ社会の20年遅れというのがかつての常識で、最近はそれが５年遅れくらいになっただけだ。アメリカを認めつつも、それに反発もしてきたリベラルな世代にとって、次なる革命に乗れるかどうかは大問題といえる。いや、まずその革命が理解できるか、だが。

▲そんな革命は少し遅れて世の中へ浸透してくる。多くの人がその革命に気づくにはまだ５年はかかるだろう。またその革命がリアルな世界・リアルなビジネスを大変革するのは、さらに５年はかかるはずだ。50歳にとっては最も大変な10年がやってくる。どんどん変わる世界は面白いが、厳しい。しかもおそらく50代はリアルなプレーヤーにはなれないだろう。まあ、この大変革を生きている間に体験できるという点では、世代的にはまだ幸せなのかもしれない。しかしその結果が自分にとっての理想とはほど遠かったとしたら、安らかな終末を迎えることはできるのだろうか。
      
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