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君はコリン・マクレーの走りを見たか?

カテゴリ:スタッフコラム / 2007年12月21日

 

ランエボX試乗記

前回の試乗記予告で「ランエボはツインクラッチSST待ち」としましたが、ご存知の方もいらっしゃるように、TC-SSTの発売が12月20日と当初の予定より遅れたため、2007年最後の試乗記は、ひとまずランエボの5MTで、ということになりました。TC-SSTを楽しみにしていた方、申し訳ありません。とはいえインプレッサWRX STIもマニュアル(6MT)だったので、とりあえず比較という意味では良かった気がします。出来れば改めて、TC-SSTは採り上げたいと思っています。

インプレッサと言えばマクレーだった


写真は2007年WRC最終戦ウェールズラリー(英国)でジャンプするペター・ソルベルグのインプレッサWRC(photo:富士重工業)

今月試乗したランエボもインプレッサWRXも、WRC(世界ラリー選手権)の話抜きでは語れません。そのWRCのグループA時代、スバル・レガシィとインプレッサで大活躍していたラリードライバー、コリン・マクレーが2007年9月15日、地元スコットランドで自家用ヘリを操縦中に墜落し、亡くなってしまいました。2人いる子供のうち、同乗していた5歳の長男と、その遊び友だち、そしてマクレーの友人も亡くなったそうです。

しかも今、原稿を書きながら気付いたのですが、マクレーは1968年8月5日生まれの39歳で、つまり私と同い年。しかも誕生日が私とたった4日違いなのでした。

冷静沈着に勝つタイプより、派手な走りで「魅せる」ドライバーっていますが、マクレーはまさにそんなタイプでありました。とにかくスバル時代のマクレーの走りは痛快で、デルタやセリカGT-Fourより大柄なレガシィをぶん回しながら、「おいおい、それ絶対オーバースピードだろ!」という勢いでコーナーに侵入。完全に真横になりながら、コースサイドに後輪落としつつ、水平対向のドコドコ音と共に立ち上がっていく様子は、ほんと漫画。通るラインが他のドライバーと全然違ってました。

中でもワタクシ的に傑作なのが、1992年のWRC総集編ビデオに収録されている1000湖ラリー(フィンランド)での走り。ここでマクレーはルーフとトランクを凹ませ、リアウインドウのない状態にも関わらず(どこかで横転したんでしょう)、狂ったように初代スバル・レガシィで飛ばし続け、挙句の果てに再び完全にオーバースピードでコースアウト、森の中まですっ飛んでゴロンゴロンと3回転。ギャラリーの人が慌てて助けに駆け寄って行く・・・。と、そこでやおらスバルフラットフォーが再び轟音を立て始め、草むらの中をパリダカのパジェロみたいに掻き分けながら抜けると、道路に跳ね上がって自力でコースに復帰。前よりもさらにボコボコになったボディで、再び全開ドリフトし続けてラリーを完走してしまいました。

その後、マクレーは93年のニュージーランドラリーで初優勝。これはスバルにとっても涙の初優勝で、さらに何とレガシィがWRCから引退する最後のラリーという、運命的な勝利。レガシィRS乗りは当時、泣いて喜んだはずです。95年にはインプレッサでドライバーズとマニュファクチャラーのダブルタイトルを獲得。続く96年、97年もスバルのタイトル3連覇に貢献しました。クラッシュによるリタイアが多くてチームにとっては「頼むよ~」みたいな面もあったかもしれませんが、それでもみんなに愛されていたようだし、間違いなく「WRCのスバル」、そしてレガシィ、インプレッサのイメージを高めたドライバーだったと思います。

もし友だちが当時のWRCの映像を持っていたら、あるいはセルDVDや、最悪インターネットの動画サイトでも構いません、コリン・マクレーの走りをチェックしてみてください。コーナーの向うからフェイントかけつつ突進してくるインプレッサは、きっと何か楽しいことをやらかしてくれます。
(DAYS 丹羽 圭)

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